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2013年度CLP-C成果報告書(吉永 啓恵)
发布时间:2013-04-07
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   この世にはなぜたくさんの言語があるのだろうか。私は今回の旅行で言語の魅力に触れることが出来たと確信している。

 

   私が中国語を学び始めたきっかけは二つある。一つは中国にはたくさんの人がいるからだ。もし、私が中国語を話すことが出来るようになれば、私はより多くの人と話すことが出来る。もう一つの理由は、中国語の発音が面白く感じ、興味を持ったからである。私は、去年の3月に中国語を独学で始めた。しかしながら、大学が始まり、独学で中国語を学ぶことを止めてしまった。このままではいけないと思い、私は後期から本格的に中国語の学習を始めた。中国語は思っていた以上に難しかった。特に私には四声の違いが分からなかった。そこで私はCLP-Cに参加することにした。私は今まで中国に行ったことが無かった。私の家族は国家間の問題を心配していた。未だ訪れたことのない国に行くことは緊張する。とりわけ、中国人に対してあまり良くないイメージを持っていたので怖かった。しかしながら、中国人はそういった人達ばかりではないことも少し感じていた。九州大学でのG30のサポートをした経験からである。中国に到着したとき、私はもう日本に帰りたいと何度も思った。まず始めに、大連から北京に行く飛行機に乗り換える時、私はサブウェイの文字が漢字で書かれているのが珍しくて写真を撮った。すると、中国人の女性店員二人が中国語で「写真を撮ったら駄目です。」と言った。私は思わず「すみません。」と中国語で返すと、その人達は私を見て爆笑した。要はからかわれたのである。私は大変不愉快な気分になった。更に、私達が空港に降り立つと、荷物が一向に来ない。私達は荷物の受け取り場所を国際線と国内線、間違えていたのである。なんとか英語を使い、事なきを得た。その日は出迎えの方がいらしていたので直接北航まで行き、休むことが出来た。不安な気持ちのまま二日目を過ごしたが、三日目は自分でどこかに出かける事にした。このままでは行けないと思ったからである。私は出来るだけ自分の中国語を伸ばしたかった。ホームページや日本の「地球の歩き方」を見て思ったことは、日本のサイトが充実していないということだった。英語のサイトだと、北京市内の観光に特化したサイトが多く、観光の所要時間、料金、おすすめのルート、地下鉄の所要時間やバス停の名前、時間などを詳しく調べることが出来たが、 日本のサイトにはほとんどなかった。私はたくさんの場所を訪れた。初めは地下鉄に手荷物検査場があったり、乗り換えの場所が分からなくて戸惑ったりする事があったが、だんだん慣れてきて最後の方は問題なくその場所に向かう事が出来るようになっていた。

 

   私は観光地で数人の中国人と友達になった。そして、大変多くの事に気付いた。まず一つは、中国人の大学を卒業して間もない人から学んだ。それは、中国の友情は初めからやり直す事が出来る、ということである。これは人によって変わる。しかし、自分が提案して仮に相手が同意すれば、一からやり直す事が出来る。私は、ある中国人に対してお互いに誤解を招いてしまい、向こうが私にそのように言った。私は混乱した。善処したが相手の申し出を受け入れる事が出来なかった。しかし、私はメル友として彼を認める事にした。滞在期間中、中国人とメールの交換を中国語でする良い機会だと思ったからである。もう一つ彼から学んだことは、大学を卒業しても非常識な奴はいる、ということである。私達は一度か他の人を含めてあった事が会ったが、実に不愉快極まりない人で、本当に某有名大学を卒業したのか疑うほどだった。仮にそれが本当だとしたら、その大学はお金だけの学校ということになろう。どちらにせよ信じない。彼の出身大学を聞いたときから、全く信じていなかったが、彼の英語や失礼極まりない態度を見ているうちに、輪をかけて信じられなくなった。中国の大学生にはそのような人々がたくさん居ると聞いた。日本にも居るだろうが、そういう人達はこちらから願い下げである。彼について、絶対的に言える事は中の宵日本人の友達はいない、ということである。もう一生会うことは無いだろう。そして、次に海外に行くときもこういった人達には二度と関わりを持たないように気をつけたい。どちらにせよ、類い稀に見る失礼な奴だった。私は近くの観光地でもう一人の中国人と出会った。彼女は海南大学の四年生だった。たまたま友人と一緒に北京に来ていたのである。短い間だったが、彼女には本当に中国の料理や文化を初めとする多くのことを教えてもらったし、たくさんの素敵な体験が出来た。しかしながら、私は前者の失礼極まりない人とその友人同様、彼女を本当の意味で信じることが出来なかった。もう一人の失礼な人と同じ日に出会ったということも会ったが、出会ってすぐに写真を送るからメールアドレスを教えてくれといきなり言われて教えてしまい、大変不安になった。幸いアドレスが間違っていたようでメールが届くことは無かった。いずれにしても、次からは気をつけたい。彼らを信じられない理由はもう一つあった。私達が話す言葉は英語だったからだ。私の母国語は日本語で、彼らの母国語は中国語である。つまり、私達は会話をするときに母国語以外の言葉で会話していたのだ。彼女がどんなに優しくしてくれても私は信じられなかった。私が日本語で話しているとき、彼女達は私が何を言っているのか分からない。彼らが中国語で話しているとき、私は彼女達が何を言っているのか分からないことが多い。しかしながら、私とずっと同じクラスで座っていたトルコ人の男性が日本語を流暢に話すことが出来る人とであった時と、帰国する一週間前に日本語が流暢に話すことが出来る中国人の男の子と出会ったときは、妙に安心した。言葉が出来ると言うことは、信頼に直結する。私はそう確信している。初めは多くの人と話したい、ピンインが面白い、といったきっかけだったが、中国に来て、彼ら中国人の本当の心を理解したい、という大きな目標が新たに加わった。しかしながら、前に述べたように英語が出来たとしてもトンデモナイニンゲンは世界にたくさんいる。どんなに心細くて信じたくても、自分の頭でじっくり考えて信じられる人を見極めなければならない。もう一つ、言語が信頼に繋がるということの他に学んだことがある。それは、例え言葉が通じなくても、本当に伝えたいことであれば伝わる、ということである。私の耳が中国語に慣れただけの錯覚かもしれないが、ある日、ふと、言葉一つひとつの意味は分からないが相手の言っていることが理解出来る瞬間が来たのである。その時、私は嬉しくて中国語をもっと勉強しようと思った。日本人は純粋で馬鹿だ。韓国人は熱狂的でキレやすい。中国人は人を騙す。誰がそんなことを決めたのだろう。そういうことを言う人はとてもナンセンスだと思う。しかしながら、私達の心にはどういうわけかそういう「しみったれた感情」がこびり付いている。それは、私達が生まれ育った文化や環境が複雑に絡み合っている。同じニンゲンでも本当の意味で信頼、理解する上では時にはそういった感情を取り払わなければならないし、時には自分の文化や国を守る為に闘わなければならないときもある。そういう微妙な糸が複雑に絡み合ってこそ、国連やEUASEANといった国旗は成り立つのだ。そして、常識は時に非常識になりうる。柔軟な姿勢を保ちながら、我を通す。これが私であり、これからもそうあり続けたい。中国に来て、最終的に私は自分を識ることが出来た。

2013年度CLP-Cプログラム参加者の吉永啓惠さんより

 

 

 

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